April Snow 創作話

「眼がね派 眼がねなし派」


作者 : ゆきえ


    
飲むために 理屈はいらないけれど あったら より一層心地よく飲めるわけで、今日は それが 彼女の誕生祝いだった。久々に 気持ちよく飲んで かなりの量になっていた。



帰りが自転車だということは すっかり忘れていた。

酔った勢いで 走っている格好は 本人だけは よかったが すれ違う人は みな 振り返っていた。 しばらくして 気持ちが悪くなってきて それと同時に少しばかり正気が顔をのぞかせた今、このまま 乗って走ったら またどこかに すっとんでいってしまいそうだと かろうじて 判断ができかけた。



「仕方ない ちょっと 休むわ・・・」
ちょうど 道路の向こう側に 最終便が行ってしまったバス停のベンチを見つけた。

彼女は 自転車をおいて 座ろうとして 先客に気づいた。



かなり 苦しい様子で かがみ込んでいる。

「大丈夫ですか?」

嘔吐はしてないまでも 「う〜ん・・・」と 今にも ・・そんな気配だった。

(もう なんで 私が 介抱する側なんだろう?)

(だいたい 誰が こんなになるまで 飲ませたのよ〜)

肩で 大きく息をして 揺れる背中が苦しさを感じさせた。 

もう一度 怖さも忘れて 「大丈夫ですか?」と 背中をさすって声をかけた。



「ケンチャナー」



・ ・・・確かにそう聞こえた。苦しい中 やっと 吐き出すように



待って・・・。今日は 私の誕生日、で 私は 今日も自転車に乗って、そして目の前に

韓国語を発する人が・・・まさか・・・ 

彼女は去年を 思い出していた。知らぬ間に 韓国へ飛んでいってしまっていた・・・あの日・・・



彼女は 確かめるべく 周りの景色を 見回した。

「変わってないわ、さっきと一緒・・・」

真夜中の ―日本のバス停―



もう一度 今度は 彼女が 「ケンチャナヨ?」と 声を かけた

彼は 酔いの苦痛の中 ゆっくり 振り向いた。



「ケンチャナー」と 答えて 安心したのか 眠りこけてしまった。

このまま ほっとくわけにも行かず しばらく そばにいたが えいっと決心して どうにか立ち上がらせて 抱きかかえ 自転車にしがみつき 歩き出した。



町はずれが 幸いして 煌々とネオン輝くホテルが見えてきた。

(あ〜 いつも横目で眺めてく ホテルに まさか こんな格好でたどり着こうとは)



入り口おじさんのいぶかしげな視線は 覚悟していたが いざとなると 「あー連れが 酔いつぶれてしまって・・・」と 思いっきりいい訳をしていた。 おまけに 手伝ってもらって ベッドへ ようやっと 運び入れられた。まさか こんなとこへ 自転車でくる客もいないわけで、

おじさんは 反対に かなり 楽しげな様子に見えた。



ふーと ため息をつき 下に敷いた布団に倒れ込むと 一挙に 酔いがまわってきて

そのまま 寝入ってしまった。

それでも かなり早く目覚めた 彼女は ベッドに まだ 横たわっている人を見ると

こんな 大きな人を よくも 自分一人でここまで 運べたと ある種の酒の力のすごさに感心していた。



彼が目覚めたとき いくらなんでも 不安だろうと、 自分の名刺を 机の上に置き まだ 肌寒い朝を ひとり 自転車で 帰宅した。


    


まさか 昨夜のことを 見越してではあるまいが 上司が

「誕生祝いのプレゼントは 明日は、午後からでいいから」だった事は 今朝の彼女にとっては なによりの 贈りものだった。



午後の出社で 机につくなり 電話が鳴った。 受話器の向こうからは たどたどしい 日本語で お礼を言う トーンの低い男性の 声が 聞こえてきた。



「申し訳ありませんでした。名刺があって よかったです。係りのおじさんが かなり酔っていて 大変だったと話してくれました。おおよそ自分の事が理解できました。ありがとうございました。あのう お礼も もうしあげたいので 今晩 夕食を ご一緒できますか?」



彼女は 待ち合わせ時間を ずらしてもらって彼女が予約をいれた店へ 向かっていた。



「コンタクトレンズの上にコンタクトレンズですね? 珍しいですなあ。」

酔いが残っていたのだろうか、出社前に違和感を覚えつつも 急いで入れたコンタクトレンズだったが 数時間たって 涙がとまらなくなり 医者に駆け込んだ。

昨年からの花粉症の症状もからまって 眼球を 休めるため 一週間ほど 眼鏡の生活を余儀なくされた。



彼もまた 今朝 起きて あまりに物が ぼおーっとしているので 眼鏡をさぐると レンズにかなりのひびが入っていることにきづいた、修理にだすと やはり 一週間後のできあがりだった。


    


先に来ていたいたのは 彼だった。

遅れて来た 彼女は 店内を 見回して そして 息を飲んだ。



黒縁の眼鏡・・・その髪型・・・だって・・・座ってる姿は ・・・インスだった。



入り口を気にしながら 待っていた彼も 入って来た 彼女を見て 持っていたグラスの水をこぼしてしまった。
薄いピンクの眼鏡、一つに後ろで 丸めた髪型、肩をすくめた仕草・・・3年前にきっぱりあきらめたはずの 彼女、シンジャ、だった・・・・彼が留学からもどったら 彼女を女手一つで育てた母の事業が失敗し、援助を申し出た友人の息子へ嫁いでしまっていた。連絡すれば 決心がつかなかったからと なにも言わずに 彼女は結婚してしまった。それからすぐ 彼は吹っ切るように 海外へ仕事を求めて 韓国を出立した・・・


    


彼と 彼女は―眼の具合が良くなるまで 眼鏡の修理ができるまで ―

一週間という期間 時間を見つけながら 食事したり 散歩したり 彼の仕事の関係のコンサート会場の下見に出かけたり。



互いに 会いたい理由を 相手に悟られぬよう

互いの中に 見ている姿を 隠しながら

それでも 会いたかった・・・

どこからか 時より 聞こえてくる 「彼じゃない 彼女自身じゃない 」 そんな声を

意識して無視し続けながら・・・



一週間後・・・彼女の眼は好くなり 彼の眼鏡は出来上がった。

コンタクトレンズの彼女は メタリックの幅の狭い眼鏡をした 彼をみつめた。



インスではなくなっていた。

彼女は髪を切っていたーシンジャーでは、なくなっていた。



二人の間に いつもの暖かい風は吹くことはなく 食事時も 会話は 遠慮がちで どちらからともなく 早い帰宅時間を 言い出していた。



それは 落胆というより 相手への申し訳なさだったのだろうか?

自分をいつわっていた 罪の意識からだったのであろうか?



互いに一人になると 心は騒いでいた。



この一週間は 確かに インスと過ごした時間だった 

           シンジャと再び 語らった 時間だった。



違うとわかっていながら とても 幸せな時間だった。

「わかっていたじゃない。インスであり得るはずがないことくらい。でも 彼といると

その話し方も 声も 仕草も たばこの煙でさえ インスとしか 思えなかった。

それを 求めて 会っていた。悪いのは 私自身じゃない」



彼も 同様だった。



「髪を切った 彼女は、眼鏡をはずした彼女はシンジャでは なくなっていた。

が 声だって 仕草だって 元気のいいところだって それは 彼女自身であって

変わっては いなかったのに・・・」



だが 互いに 連絡する勇気を 奮い起こせないでいた。

再び出会った時 もう一度 インスを、シンジャを、相手に求めるのでは?という 不安にかられ

また一週間・・時は流れていった。


    


彼女は郵便の束の中から 日韓共同の舞台初日のチケットを 見つけた。

舞台照明まで 同じ仕事という 不思議さが 今は 逆に彼女を苦しめた。

いったんは ゴミ箱へ 捨てようとして・・・手から 放せないでいた・・・



(インスに会いにいくのではなく 舞台を見に行くのだもの。

なにを 不安に思っているのだろう)・・・そう 思い返して チケットは 使われた。



パンフレットを見ながら 日本の役者は 知らなかったが 舞台監督の名前は 知っていて 以前にも舞台を見たことがあった。むしろ 韓国の俳優さんの方が 2,3人 見知っていた事に 彼女は 苦笑いをしてしまった。

観客には 一応の 内容説明の ガイドブックが事前に渡されていたので、 韓国語は わからなくとも おおよそ 把握できていた。



照明は セットと 役者を 引き立たせ、しかも 時折 観客にも ライトがあたり あたかもその舞台に組み入れられたような 感覚に陥るものだった。



見終わって すぐに 立ち上がる気分ではなかった。

舞台の感動に 来ることを 迷った自分が 恥ずかしかった。
人の流れが 止んで ロビーは 閑散としだした頃 彼女を捜すべく ロビーへと出てきていた彼を 彼女もまた 見つけた。


久しぶりに 会った 二人は 以前とは少し違いはするものの、 二人で過ごした時間の快い重みが 互いを包んでいた。



「あさって 韓国へ 帰国します。3年ぶりです。帰る前に お礼が言いたくて。明日 会えますか?」


「ええ じゃあ 最初に会ったお店 予約しておきます。」


まだ ひと仕事残っているあわただしさを 呼びに来た スタッフの勢いから感じていた。それでも 彼女を 探して 待っていてくれた・・・。


    


「ほんとうに ありがとう。実をいうと 韓国へ帰る 自信が 無くなっていたのです。

逃げていたのかな・・・。詳しい事も話さないで こんな事言われても 驚きますよね。

でも あなたに会えて やっと 自分の気持ちと 向き合えたのです。

帰国して 韓国でやっていく力が 沸いてきました。ありがとう。

あの日 僕を 拾ってくれなかったら ははははは 本当に 凍え死んでいたかもしれないから

君は 身体も 心も 命の恩人です。」


「私が あなたのお役にたてたのでしたら ほんとうに よかった。

逆に私は あなたから 誕生日プレゼントを もらいましたから・・・

あの日は 私の誕生日だったのです。」


「えっ そうだったんですか・・?

でも 僕は あなたに 何も 贈り物など ・・・」


「詳しいことは あなたも聞かないで下さい。

でも 私にとって あなたとの 出会い自体が すてきなプレゼントだったと 今は言えます。

ありがとう。

あなたを あの日 酔っぱらわせてくれた お友達に 感謝します。」



彼は 最後に 彼女に 眼鏡ケースをプレゼントして 去っていった。


「なるべくなら 眼を傷つけないように 過ごしてほしいですが。ここで 最初に出会った時の 眼鏡姿。

なかなか似合ってましたよ。このケースを 使ってもらえたら

眼鏡を出すとき 僕を 思い出してもらえるかなって。 もちろん 今の あなたの方が

僕は 好きです。」



彼女の 机の引き出しには、 また 不思議な 思い出の品が ひとつ 増えた。



彼が帰国してから ふっと 思いついた事があった。

もしかしたら 眼の調子が悪くなった時 あのピンクの眼鏡をかけたら インスに再び 会えるのかもしれない・・・と。

そんな思いがわいた後、 眼が痛くなって、 あの眼鏡を かけてみた。



街にでて 黒縁の眼鏡で 背丈も 髪型も 同じような人を みかけても 



決してインスには 見えなかった。



ただ 眼鏡姿の彼女を見て 立ち止まり それぞれの思い出をさぐる様に 振り返る人は 何人か いたのだが・・・ 

彼女はきづかず 春の風を 受けて 歩いていった。

( 今年も韓国へ 行ってみたい・・・ )







     

追記


眼鏡派 眼鏡なし派

チュンサンにも ミニョンさんにも ドンヒョクにも インスにも

私たちは すぐにあなたを 変身できる・・・

眼鏡ひとつで 私達のこころを ゆさぶってしまう・・・・


いつまでも 夢を下さい。いつまでも 夢を 見続けますから・・・・ 


    





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